青春を、やり直す

いつもは本文を書いてから
題名を書くのだけど今日は、題名から決まってた!

 

そう!私は、青春をやり直す。
やり直してやる!!!

色んな大人がいう、青春の後悔みたいなものが
私にもしっかりある。
だから今からもう一回、するんだよ!やり直す!
私だって、青春してやるんだ!!!

 

 

 

後悔するよ

私の青春は、なんだったのだろうか
自分のためにかけたものってあったのだろうか。
いつも失うことを、過ぎ去っていくことを恐れてて
指の間からこぼれ落ちていく砂みたいなものを
落とさないよう、必死だった。それだけ。


本当はもっと深く人と関わりたかった
もっと色んなことに挑戦したかった
だから。今から。今からするんだ、遅くなんか無い!!

 

なんでも良かったんだ
手のひらの中の砂なんか全部ぶちまけたって良かった
誰のためでもなく、自分のためだけに若かった心と体を
思いっきり燃やせば良かった

 

うん。わかった。これはこれまでの話ね。
これまで無かったけど、これからも無い人生でいいの?
知らないまま、このまま死んでいっていいの?
んーん。違う、いやだ、よくないよ!

じゃあ、心のストッパーは、もう折ろうね。

 

わたしは何も知らない。知りたい。
知りたい!!!

 

懺悔するよ

彼にも話してないのだけど、
私は、ここ1ヶ月働いていない。

 

とりあえず起きて、誰に頼まれても無いのに
やらされるような態度で化粧をしてる。
無知で表情筋が緩い平らな顔、男も女も感じなくて、
酸素を消費して浅い息をするだけの人間が、
うす汚れてくもった鏡に映ってる。
毎日、そんな自分の顔を見ている。

 

どんよりぼやけた1日の始まり。
そんな1日の始まりが毎日続いてる。

 

晴れた日は日差しを憂いて、
曇りの日は空を睨んで、
雨の日は全部雨のせい。

 

そんな嫌な自分ばっかりが浮き彫りになってく毎日で、
逃げたいけど、逃げたくない。
ダラダラ、だらだら、時間だけ。
嫌気が差す毎日。そんな日々の中じゃ隕石でも落ちない限り
何かが変わるはずもないよ!

 

やることはあるのに、頑張らない。
人の優しさが伝わるのに、応えようとしない。
チャンスを無駄にする才能と
人の好意を踏みにじる才能しかない。

 

だけど今はもう自分を繕うことも、うまくできない。
ただいい顔するのは、思った以上に染み付いて癖になってて
未だに出てくるからもう、自分がわからない時があって、
本当に中途半端でぼやけすぎで、終わってる・・笑

 

正直言うよ

彼はこないだ、私といる時の自分を自然だと言ってくれたけど
私は全然自然じゃないよ。本当はそうじゃないのにってこととか、
違和感がたくさん。変に自分を意識したり、虚勢もいっぱいはってる。
でもそう言うのも全部、彼には見えてるんだろう。

 

で、ばれてると思ったら、試したり、怒ったり、ぶつけたりして
はぁ、本当に醜いなあ。呆れて笑っちゃうよ。
なんで一緒にいてくれてるんだろな、ほんとにさ(笑)

 

不安だから所有しようとする自分もあってね。
そもそも、彼としたいことって、所有しあうことじゃないのにね。

 

今のわたしって、そんなダメ人間なわたしだよ。

 

でもね、彼とバイバイして、
一人、ところどころに彼がいた気配が残る部屋に帰って
カバンを置いて、蒸し暑い部屋、座ってぼんやり一息つくと

 

私が、多分わたしが、目の前、少し離れたところに現れるんだよ。
毎日鏡で見てる自分とは別人のような笑顔で、こっちを見て笑うん。眩しい。
で、その姿は、ああこれが、私が、なりたい私だって思う。
はっきり思うんだよ。

これは不思議な話なんだけどね、
どうなりたいんだろ?なんて考えても出てこない毎日だけど、
彼に会った後はいつも、こんな風にすごくハッキリ、なりたい自分が見える。

 

こう思うよ

人からの評価はあてにならないし
もう囚われても無いけど、
人からの評価より、自分で自分を持つことの方が難しいんだと思った。
自分に正直でいること。自分に嘘をつかないこと。

 

そして、不思議なもので、ここ最近はまた一段と、
素敵な人たちとの出会いが重なっている。
その人たちと比較すると、はっきりする。
違いでキョリを測って、自分の向かう方向を定めていく感じ。
何かが始まる予感がしてる。
この方向だって、直感で思う!

 

今は、嫌な自分、嘘だらけ、汚い醜い感情でいっぱいな自分。
そんな自分でいるのって心地よくない。
でもどこかそのに浸ってるのは楽なこともわかってそうしてる。
自分を諦めて、価値落とすのは、簡単だもん。

 

で、その抜け出し方も簡単。
やめる!!!!!!!!!!それだけ笑。


そうだね、言うのは簡単。やるんだよ。

 

こうするよ

こんな自分は、自分の手で一回壊す
一回壊したら、また何もないところから。自己破産!
見栄の張りようもないから、その方がいい。

 

わたしには何もありません。
わたしは何もない。


印象がどんな風に見えてたって、
人にすごいとか素敵って言われたって
事実わたしには何もありません。
何もないので仕方がない。


期待されたって、
今、信用されたって
ごめんやけど無駄だよ!!!!
わたしには今は何もない!!!
だって0だから!!!ごめんね!!

 

今から作る。
それでできたものはきっと偽物じゃない。

  

意識的に関わる人をもう一度見つめる
エネルギーをかけるベクトルを考える
課題の分離をして考える
客観的に状況をみる

 

身を置く環境を変える
丁寧に暮らそう。
自堕落から這い上がろう
絵も、作品と言えるものを描いていこう
話の構成を考えて話そう
感情論じゃなくて現実的に

 

 f:id:sayo_vb:20180716170755j:plain

あの日、公園にあった遊具。どうやって遊ぶの??とりあえず登ってみたら、すべり台かな?と思った。だけどこのすべり台にはわたしの体は少し大きすぎたし、何より昨晩の雨で、すべった先には水たまりができてた。だから上まで登って、ぐるりと公園見渡してから、駆け下りて水たまりの向こうへジャンプした。遠くでおしゃれな服を着た3人組がこっちを見てた。思えば、濡れた地面に着地したこの瞬間からわたしの青春第2章になったんだ!

 

もう始まってる!!

 

 

 

 

朝の肌と光と水と裸のセット

おはよう。朝。モーニン。
蒸し暑い6月!青い空さん!!

今日は休日だ!(週3しか出勤していない)

 

なぜか今日は朝6時きっかりに目覚めたもんだから、

京都へ行って来ます!
静けさと緑を吸いに。

 

露天風呂に入りに行きたかったけれど、
色々考えた結果、また今度!

 

だからいま朝風呂しました。
窓を開け、日光を肌に浴びて。


 

深い意味はないし、なんとなくだけど、
日記として今日のことを残しておこうと!
お風呂上がりにパソコンをカタカタ。


感情のデトックスも終わった。

マイナス思考どんより大雨をもたらした雨雲は、

雨を降らせてどこへやら。


すみませんでした。笑

  

そして実は、昨日まで風邪ひいてた。
割とガッツリとした風邪。

 

年に1〜2回、しっかりとした風邪を引く。
とはいえいつも薬は飲まず、あぁ不調、って感じながら
治す、というか風邪って勝手に治るんだけど。

 

ま今回はちょっと無理したなぁ。
風邪のやつ、ぶり返して来そうやなぁ


そういや薬飲まずしんどそうに眠ってるから
いつもお母さんに怒られたなぁ薬飲めって(笑)


 

それはさておき不思議なことに、
風邪を引くとアトピーがひどくなる。
免疫力が落ちてるからだから不思議じゃないか!でも面白い。


ズボラ療法ではあるけれど、それなりの期間
アトピーと向き合ってると、症状が出た時に
あぁ原因はこれだなってわかってくるんですよ。

 

あ、これは昨日食べ過ぎたあれのせいだなとか、
ん?そういや最近呼吸が浅かったなとか。
疲れから来てるなら、その疲れの深さもわかる。

 

鏡の前。鎖骨から胸元にかけて
赤くなってかゆくなってる肌を見て
しんどいねぇ早く治っそっか!って話しかけたりしてた。


アトピーのことも近々、
振り返って記録しておこう・・!

 

話は変わって私はさいきん、
自分の体がとっても好きなのだ。

 

体の形がとっても好き。


女の子らしくない広い肩幅も、
しっかりした太ももも、
まぁるくないおしりも。
大きくて血管が浮いてる手も。

 

そして、もっと好きになるにはどうしたらいいんだろうと考える。

 

確かにお肉つきすぎだなぁ
ここなくなったらもっと綺麗な線なるなっ!

 

赤くなったり黒くなった肌も、
やっぱり白くて綺麗な方が体に合うな!

 

うん、絶対そうだ。さあどうする!
という話なのですね。

 

自分のことを好きになると、
その先に待ってるのは、もっと好きになる!だから
前向きで楽しく変えていけるんですね!!

 

それはとっても嬉しいことなのです。
自分の体が好き。自分のことが好き。

すき、から、もっと好きになる。
だめ、だから、せめてちゃんとする。

 

全然違うねぇ。
好きから始まるともっと好きになるが待ってるから、
辛いことも楽しかったりするんだろうなぁ!

 

アトピーでも体型のことでもそのほかのことでも、
自分をけなし始めると、すごくパワーを使うね。 

 

そんな時って、いい方向には行かない。
でも待って!そんな自分もあっていい、否定しなくていい。

 

たった今日から、少しずつ、
自分を好きになるためのことを考てけばオッケー!
できないときはしなくてオッケー。
あなたの価値はいつも変わらずあるから!!!

 

価値は命にしたがってついてるーうーうーのやつや。
ありあまる富

あーどんなときも自然にできるようになりたい!
訓練訓練!ひたすら訓練だ!できたら素敵よ。


体って本当に面白くて、感覚の話だから全然言葉にはできないんだけど
本当に全部出るんよなぁ。
そう思うと体も表現の一部だなぁ。(ハッ。ズボラな性格が出ているのか・・)

 

心が体に出たら、心は目に見えるものになるから。
ヨガの先生たちが、体を見て心を見れるのは、いまでは納得。

 

 

どうしてこんな気持ちになれたのだろう?
恋をしてるからだろうか!なんちゃって!

 

いつまでも、恋をしていたいなあ!
愛されるより、愛せる人に。

 

私はなるよっ

 

f:id:sayo_vb:20180627105414j:plain

 

濡れた肌に日の光をあげる。大丈夫だよ。ぜんぶ大丈夫。

 

 

 

 

 

 

沈殿物をかき集めたあとの爪の間

 

吐き気がする、します
ここはお風呂だから
吐きますね

 

嘔吐物みて、汚いって思ってもいいけど、
言うんだったら読まないでね。
お風呂まで入ってきて、肌を見て、裸を見て、
汚いって、言わないでね。
これが私。自分が汚くて嫌だと思ったら、自分で綺麗にするから。
その作業をしているんです。
あなたには関係のないこと。
(なんて強がってみるけど、ほんとうは、それでもそばにいてほしい)

 

いきなり本題から逸れるけど、
こないだ泥酔した。でも全然理性はあった
泥酔って言ってるのは、吐いたから。
けどすごく気持ち悪いくらい綺麗に吐いてたらしい。

 

吐くね、って言って、
おえっ、じゃなくて
んっっ、、て言ってはいた。
で、笑ってスッキリした!って言った。

 

 

 

 

 昨日の話。

 

羨ましいと思った。嫉妬心とは違うと思う。純粋に羨ましかった。今の姿を聞いて、余計に羨ましかった。でも羨ましいとか、甘え100%やし絶対思ったらあかんことやし、自分がなんぼのもんじゃいって、また嫌いになった。でも羨ましいんだから仕方ない。

 

それから、受け入れられたいと願ってもいいのか。と思った。私が思う格好悪いセリフを、私に言ってくれる彼がとてもとても愛おしかった。


もちろん。受け入れるから全部。苦しくても、痛くてもいい。嬉しい。
どこまでも行けるような気がしている。自分でも分からないくらい、怖いくらい
大きな波に、飲み込まれそうになる時がある
人を好きになる。私にとってそれは全く綺麗じゃないものなのかもしれない。
感情が押し寄せそうになる、すぐセンサーがキャッチしてストッパーが働く。
このストッパーはずっと鍛えてきた自慢のストッパーだ。でもそれが壊れそうなんだ。

 

わたしはたぶんほんとうは、独占欲の塊、でもわからない。独占欲の塊じゃないかもしれない。結局なんなのかわからない。どこにいるんだろ私は。わからないでもこれじゃ行方不明者だね。死んでるのと同じじゃないのか?計算尽くしで愛されるために愛してた自分を、泣きたいのに笑ってた自分を、受け入れるとか許すなんてやっぱり出来ない。

 

傷ついてくれれば良かったのに。しっかり自分を傷つけてくれたら良かったのに。そのまま触れない過去にしてしまったから、感情は腐って、私は今、そんな自分の一部を殺したいし消したいし潰したいよ。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。痛めつけて苦しめて恨みを込めて殺したい。こんな感情が自分の中にあって、びっくりしている。気付くまでは良かった。気づいてしまったから破綻してる。どうして保てないのか。私はもう大人だ24歳になった。生きるのも愛すのも愛されるのもセックスをするのも自分をするのも全部下手くそだ。ゴミみたいよ汚い。何もわからない。そんなん言ったらもう、全部虚像よ。

 

だって愛されたいとか大切にしてほしいとか離れないで居て欲しいとかって思うことは悪いこと汚いことレベルが低いこと。そうじゃないの?違うの?

 

俗に言うメンヘラの子が、カミソリで腕を切る自傷行為をするなら私は、笑顔がそれだった。私はメンヘラじゃなかった。でもメンヘラだったのかもしれない。わからない。見てこなかったから。私はずっと、笑ってた。笑ってたかったから、泣きたくても笑ってた。本当は心から笑いたかった。心はそこにはなかった。でもそう。自分じゃない自分になって、毎日楽しかった。あんまり辛いことはなかった。いつも楽しそうで笑ってるっていわれた、可愛いって言われた。見た目も性格も、私みたいになりたいって女の子に言われた。好きだって男の子に言われたりもした。きまりを破っても、へらへら笑えば、私だけ許されることも多かった。実際、特別扱いもたくさんされた。いつも、華やかなところに勝手に選ばれた。何を見ているんだろう。でもどこか、当然だとも思ってた。だって自分がそうしてるんだから、きっと、上手だった。別に嬉しくないけど、楽しかった。今思えば、こっちがいいようにされてた。

 

帰ったら、吐いてた。髪を洗おうと思って頭をさげると、食べたものが戻ってきた。生理の夜、泣きながらどこか知らないところまで歩いて気付いたら3時間経っているそんな日もあった、学校に行かない日は半分くらいあった。お菓子をバカみたいに買って、布団の上で食べてた。気が済んだら、用意をして学校に行った。胃薬の瓶を、3日とか1週間で1つ飲んで居た。胃が痛かった。こんな話は、人に話したことはない。(笑いながら、大したことないような感じでは話したかもしれない。)そして笑ってた。向き合いもして居なかった。ただの処理。お風呂で毛を剃る時に何も思わないように、いつ剃ったっけ?って忘れるみたいに、忘れてた。

 

だって私は笑顔の可愛い女の子。暗示をかける。だから汚いところは忘れるようにしてた。今もそうだけど、忘却するのは得意。でも昇華はしてない。残り続ける。だから実際は忘れてない。蓋をするだけ。その下で腐る。気づかなかった。バカすぎる。

 

メンヘラは、好かれない。依存したら、飽きて捨てられるし、
そのへんの遊ばれて泣いてる女が、不思議で仕方なかった。
わかってたやん、ってコントかと思った。
やりたくてそうしてるんでしょ?なんで泣いてるの?
まぁそれも自傷行為か。私もそうすれば良かった。バカなのは私。

 

私は、きっと本質的によく笑う子ではあると思うのよ。だけど苦しい時もずっとずっとずっと笑ってた。切って外に出してあげたら良かったのよ。誰かに思いっきり依存すれば良かったのよ。で、拒絶されて死にたくなるくらい傷つけば良かったのよ。

 

笑顔の私の声。バカやなぁって笑う声。笑って見ないようにしてみて。記憶から消すのが上手になるよ。暗示をかけるのよ。そしたら綺麗で純粋で好きでいれるのよ。とっておきの秘密を教えるみたいにキラキラして笑ってる。魅力もあるかも。でも、私、そうじゃないと思う。

 

本当の自分ってなんなんだろうね????????????

 

本当は、めちゃくちゃ汚くて、歪んでて変なでおかしいのかも。
繊細なんかじゃない。汚くて歪んでいるだけ。
独占欲嫉妬心執着心自分もわかってない。ドロドロかも。
もう大人だけどいいのかな。もう大人になってしまってるんだよ。
でも、いいよって言われたら私はどうなるのかな。

 

受け入れて欲しい。多分私は、どこまでも行ける。

 

 

 

↓これ、前に書いた記事。この時わかってなかったけど、これもそうだったね。
 これは拒絶された例ですね。笑

 

いや、あるわ、あったわ、見えたこと。(笑)
かつて、1人だけ、私を汚いという人が居た。
めちゃくちゃに言われたな、汚い、価値がないって。
彼は私がフィルターを重ねようとした時に使った嘘を見つけ
それを私に突きつけて来た。
びっくりした。亀裂が入って一瞬で剥がれ落ち
突然汚い裸の自分が彼の目前に晒された感覚がしたから。
激しく動揺したな。あの時はひとり、恐怖で泣き叫んだよ。
手が、身体が、内臓が全て
汚れに侵され灰色でボロボロしたもので
構成されていたんだと思えて震えた。
その後はその人に触れることもできなかった。
彼はそんな私を見て
くだらない、無駄だと吐き捨てたから、
あの時の私はまた殻に戻ってしまったね。
今でも彼に捉われて居る自分に会う時があるもんな。

 

(でもそこまで油断したのは彼だったからで、
どこかで多分、見て欲しい自分もいたよね。
その勝手な期待がまた、自分の傷を深くした。
全て自分で作り上げ、それも含めて自分がした選択です。笑)

 


こんなに根が深いとは思ってなかった。
掘れば、どんどん出てくる。もう、腐りすぎ。笑ける。笑

 

 

さあ。綺麗にするか。

何も感じない状態が一番自然な状態。

今の私は、吐き気がしてたくさん不調出てる状態。

心も体も一緒で面白いね。

こんなこと言いながら、前は向こうとはしてるから大丈夫よ、さよ

こんな汚い感情が今、あるだけ。

汚くても綺麗でも、なんでもいい。

スッキリした状態が一番いい。

さあ。向き合うか。綺麗にするか。

これは本来の姿ではない。魔物に取り憑かれている。

取り除きたいから取り除こう。取り除きたいから。

ケットリッドオブしよう。笑

 

 

 

yorunohikari.hatenablog.jp

 

 f:id:sayo_vb:20180621211327j:plain

揺らす風

 

高橋久美子さん。

 

 

高橋久美子さんは、チャットモンチーの元ドラマーです。
チャットモンチーを知ったのは小学生の頃。
中学の頃は友達が好きなバンドという印象で、
高校生の頃はoasisradioheadとmichelleの合間に聴くくらい、
そして短大生の頃にたくさん聴いた。

 

チャットモンチーの出す音が好きだった。
あのころ、
わたしの体はしっかり若かったから、
いっぱい揺らいで、響いて、揺れた。

 

大人になって、
恋とか熱とか、そういうものがわからなくなって
人生ってこんなもんかって思いながらも、
どっか疑問感じて生きてたある日、恋をした。

 

その人がこれまで付き合った、
たった一人の彼女の好きなバンドが、
チャットモンチーだった。

 

わたしだって、好きなのに。


わたしの体はすっかり大人になってたけど、
いっぱい揺らいで、響いて、揺れた。


そして、好きだ、と思うのはいつも
久美子さんの書いた詩だったよ。

 

この人の書く詩は、
いつもいつももがいている。
そのあとで、思いっきり前を向いたりする。


等身大で、とっても女の子で、痛みがあって、
あぁこの人は、この人を、
生きているんだなぁって、思うのです。
 

いまは、久美子さんも大人になって、
彼女は文章を書いて生きているけど、
それらを読むといつも、やっぱり久美子さんだなぁってなるよ。


未だに痛みは含んでる。
でもとっても、なんというか、しなやかになった。
色々を感じて中に受け入れて、
流したり、吸ったり吐いたり、
悩むときもあるけど、自分はこう、って笑って、
人と関わって、自分を調和させて、感謝して、
そうやって呼吸しながら、
彼女は彼女のやりかたで
過ぎ行く日常を捉えて、かたちにして生きて
それがわたしにも届いてる。

 

本当の久美子さんなんて知らない。
でもわたしと久美子さんのあいだに
はっきり”久美子さん”があるのが、まぎれもなく久美子さんで、
それはきっと、あなたがあなたを生きているからで、、 

 

かっこいいなあ。

 

こないだ、彼がわたしにエネルギーを向けるベクトルのお話をしてくれた。
今日、先日出会い直した年上の友人がくれた、言葉にもハッとした。

 

自分がこうなりたいとか、
大切な人がいるならその人とこうなりたいとか
持ってないときっと、見失うねって

 

ほんとだ。
わたしはどうなりたいの?

 


使い捨てるように今を使って、
空回りして疲れて、
自分だって消耗してて、、

 

わたしは、
見失っている。

 

ハッ。

 

たいへんだ!見失っている!!
見失っているときは、見失っていることにも気づかないんだよ!!!

 

方向を決めて、探しに行きたい。
あときっと、勇気と覚悟の問題よ。

 

わたしならできる。
だってもう何回か、やってきたじゃない。 

 

痛いときもいいけど、
嬉しいときに生きてる!って思いたいね

 

痛みを感じて泣くのもいいけど、
嬉しくっていっぱい泣きたいね

そのとき、周りに誰かが居たらいいね
誰かと一緒に、嬉しくなるって、どんな気持ちなんだろうね

 

さっきね、久美子さんのエッセイ読んで、
読んだことあるやつなのに、
涙が出たんだよ。

 

こみあげる”何か”は、なんなんだろうね?

 

また、あの日京都で見た
誰かが撮った1枚の名前も知らない一輪の花の写真が浮かんだ。

 

一輪の花と、久美子さん

 

あぁ、わたしもこんな風に生きたいって思った。
そうだよ、うん。
たぶんずっと、ちゃんとあるんだよ。

 

 f:id:sayo_vb:20180622103103j:plain

 

 

 

 

 

 

現実世界へ、文字おこし

☆ここ半年してきたこと☆

・感じたことを
→考える

・感情を
→言葉にする

・恐怖や不安
→原因を突き止める

・いいところがない
→いいも悪いも、ない

・自分にはなにもない
→なにもない、がある

・もやもやした自分を
→かたちづける

・嫌いなじぶん
→まるごと受け入れ、愛する

 

自分も持たずに、現実世界で居てて
何かがおかしいってハレーション起こして
自分の世界へ帰って、自分の世界の中でなら保てるくらいは、
なんとか自分を取り戻した。 


そうやってしてきたみたいに
次は

 

・自分を持つ
→現実で行動を起こす

 

↑これ!!!
これがしたい!!!!

 

 

自分だけの世界はもういい。
自分なんて、まだまだわからんけど
もうここではない!
第1段階の狭い世界から出て行くよ!!!

 

 

☆これまで、自分の世界に浸って変わったこと☆

 

・劣等感と向き合いました。
→そもそも比べようがないので、もう必要ないなと思い手放した

・自尊心を取り戻しました
→わたしは幸せになっていい

・自分軸を持ちました
→人と一定の距離ができました

・無理をするのをやめました
→人目を気にしなくなりました。(問題も多いですが)

・人に合わせるのをやめた
→自分に合う人と合わない人がわかるようになりました。

・自分の話をするようになりました
→好きとか面白いって言ってもらえるようになった、友達ができた

 

 

染み付いた癖みたいな自分はしつこく出るけど
それでも、人と関わる上で、
持ってなきゃならん最低限の”自分”は取り戻した!
わたしはこれからこの自分で、人と出会って関わって行きたい。

 

ありがとう、お世話になりました!
自分の心の中の世界から出る!
自分以外の人に会う!人と話す、関わる!

 

☆これからの目標☆

 

現実世界でも、自分を見つける
集でなく、個で人と関わる
そのために個になる
人との間に自分の距離、ポジションをつくる
人に興味を持つ
本当の意味で、誰かのために動く
自分一人だけじゃなれない感情を味わう
人を愛する

 

 

 

 

 

 

枠とかたち

f:id:sayo_vb:20180612183825j:plain

 

”スノーデン”


オリバーストーン監督による、2017年に公開された映画を
ドイツ人の同居人と観た。

 

アメリカのNSA国家安全保障局)およびCIA(中央情報局)の
元局員で、個人情報の収集監視の手口を告発した
エドワード・J・スノーデンの話で、
2004年ー2013年までの実際の出来事を映画にしたもの。

 
正直、難しいことはよくわからないので、
人が一人の人として自分に従い生きること
その時について回る現実と孤独と苦しみ、自由と責任と影響と犠牲。
そんないろいろの一部を少し、目の当たりにした、という感想。

だけど目にしただけで、
意味はリアルに感じられては居ない。

 

スノーデンは自身の信条、正義に従った行動をとった。
そのことが引き起こすであろうことの
責任や影響を考えることができた、
考えざるを得なかった上でのその選択は
どれ程の覚悟が要ったのだろう、、。
あー想像力の無さを痛感する日々。

 

以前、「コクソン」という映画を観た。
その際わたしは、
”何が正義かなんて、その時々の角度で変わるものだ
 だからこそ何か1つ、信じるべきだったのでは?”
・・なんて、少しわかったようなことを書いた。

 

そして今回、彼は自身の正義に従った。
前回みた”弱さ”に対しての”強さ”を、
わたしはあまりにも甘くみて居たと感じた。 

 


さて。映画の内容もさることながら、
わたしにとっては少し、
別の視点からも他人事とは思えないような映画だった。

 

俗にいう、一般社会の枠の外に生きる人をパートナーにした時
関係や家庭が破綻しないよう生きるにはどうあればいいか。

 

兼ねてから同居人(ドイツ人とは別の)から
投げかけられるそんな質問の影響もすくなからず、、
いや大いにあるが、最近考えて居たことのヒントをもらったような気がした。
今出せる限りの答えかもしれない。
今はまだ全然短絡的で至らない考えだけどね。

 

同居人は言う。
「しっかり見とけよ。non-governmentとはどういうことなのかと言うことを
 お前はもう当事者で、関係のない話じゃないぞ。」
「???」
わたしは意味がわからなかった。
「所属しないと言う選択をして生きていくとはどう言うことか、
 そしてそれを貫くとはどういうことか」

「んー・・」

 

non-governmentとか所属とか、彼はいつも少し話が大きい。
だけど実際は、わたしが見えてないだけなんだろう。
だから言っている意味がよくわからないまま観て居た。


結果、やっぱりそんな大きな意味を理解することはできなかったけれど、
自分と相手、そんな規模でなら、少し思えることはあった。

 

関係と家庭、どちらの場合かでまた意味は変わってくるとおもうけど
関係の場合でいうならエゴとの向き合い方だなあとか。


そもそも関係も家庭も、ろくにその意味を考えずに
いつのまにかお互い同じような状態を指しているけど、
そもそもその”ありかた”、”かたち”から考えたいな、と思った。

 

同居人は、自身の信念・やりたいこと、
家庭・大切な人との関係、それらを両立させるのは
どうすればいいのか、ずっとわからないのだという。

 

彼曰く、彼の人生において、
ほしいと思ったものはほぼ全てと言っていいほど
手に入れてきたけれど、この答えだけは未だにわからないんだって。

 

わたしの彼に対して、自分に近い部分を持っていると
強く感じているようで、切実にも見えるその答えを
わたしたちに証明してほしいと考えているらしい。

 

そんな同居人のために、、という気はさらさらないが、
わたしにとっても確かにいずれ降りかかるであろう問題で、
もしこの先も一緒にいるなら、避けては通れないことかもなぁ、
なんて考える方向というか、課題みたいなものを
こんな風に提示してくれる同居人に感謝したいとおもう。

 

ここからは多分、うまく言葉にできない。
だから言葉にしてみるのだけど。

 

パートナーが、まぁ俗にいう一般社会向けではない人で、
そんな人を選んだら。
ほぼ確実に、関係や家庭は破綻してしまうというのが同居人の考えだ。
そしてそれが成り立つ人を見たことがないとのこと。

 

でもそこでまず疑問に思う。
関係や家庭は成り立たない。
その人を選んだ時点で、そんなことは分かっているのだ。
そもそも安定とか社会の枠組みの中での位置づけとか、
そんなところを見て選んだのではないし
自身の経験を持ってしても、もう一般的な安定や社会的な位置付けに
価値を置くことはもうないとおもう。

 

じゃあ関係や家庭ってなに?
自分の持つ一般社会とか家庭という概念は
なぜいつも安定した暮らし的なものをさすのか。
それはそれ1つしかないのじゃなくて自分の問題で、
わたしが何も考えてなかったんだ。


今回の映画のスノーデンとリンゼイの最終的な決断とありかたを見て
見えなくなってた概念の枠を意識した。
そこの概念まで外してしまえば、シンプルなことなのに。
そしてその概念のもとにあるのがまたもや自分のエゴだった。

 

自分の持っている幸せのかたち(家庭、安定)に
相手をはめ込んでいるじゃないかって思った。
その根底には、安心したいとか、そばに置いておきたいとか
そんな気持ちがあるんだよ。
そして本当に、その幸せのかたちは幸せなのかな?
わたしにとってそれはきっとそうじゃないから、考えよう。

 

一緒にいる
ってどういうことなんだろうね?
だってね、今実際に、
一緒に居なくても一緒にいるみたいな感じがするんだよ。

 

結論、一緒にいれる。根拠はないけど絶対に可能だ。
かたちを、自分たちで作る。
相手に求めないこと、お互いの自由を愛すること。
前提として、自分は自分の力で立つこと。

 

今のわたしはまだどうしても、
存在や気持ちが大きくなればなるほど、
ずっと一緒にいたいとか、自分のものにしたいっていう
気持ちは出てきてしまう。
だけどそれはエゴだ。
生じるのは仕方がない。だから向き合い方を考えるのだ。

 

きっと、かたち、がある。
そしてそのかたちは、制度や固定された共通の概念で
枠づけられたものよりもきっと
強く深いものだと思う。
そしてきっとそれは、
かたちがなくなってもかたちとして残るものだと思う。

 

で、たぶんね、それを選ぶということは
経済面、精神面、安全面、そんないろいろの波が激しく、
一般的な安定などとはほど遠いだろう。

 

そして喜びが幸せが大きいということは、
その分悲しみや苦しみも多く、大きいということなんだろう。
だけどわたしにはそれが安定に思える。強くそう感じる。

 

もちろん、まだわかってなんか居ない。その意味も、何も。
だけど、それはやらされているのではない。
自分が選んでいるし、選びたいのだ。
 

そんな風に生きたいんだ。
”思いっきり泣いたり笑ったりして生きたいんだ!”
って、思い悩んでたあの日々の
いつかの日記に書いて居たことば。

  

強くなりたい、と思った。
守られたいとかではない、守りたいのだ、
わたしも。わたしのやり方で。

 

踏み出す足に力がはいる。
どこに歩を進めればいいのだろう。
だけど進む目的が、定まった。

 

彼もまたこうして、わたしを強くする。
今、この瞬間こう思えるだけで
わたしは幸せだ、出会えて良かったと思う。

 

 

 

 

↓コクソンを見たときのブログ。 

yorunohikari.hatenablog.jp

 

 

 

 

 

息の重さ

 

いきなり深くなる海みたいに、最近は、
関わる人達の深度がガッと深まった。
おかげで、時折、息ができずに肺が痛む。

 

でも、その状況を感じて考えるだけの
知識と体力がまるでなくて、
もがけばもがくほど、泳ぐどころか溺れていく。


そしてそのぶん、酸素を吸って二酸化炭素を吐く。
進まないのに、消耗する。

 

私なんて、泳ぎかた以前の問題で、
浮きかたから知る必要がある状態の人間だ。
だけど、浮いてたって酸素は使う。

 

でも、波打ち際に立ったなあ、と
足の裏に水の温度を感じたあの日から思えば、
足を進めてはいるのかな、とも思う。

 

でもそれがなんだっていうんだろう。
この”痛み”なんてものは、
誰のものでもなければ、誰の何も背負わない。
なんの犠牲も払わない、
この”痛み”なんてものはそう、いつも自分のためだけにあって
その正体は、これまたどこか許されようとしてるものなんだよね。

 

自分で自分を慰めている。ただの自慰行為だ。
とても惨めで恥ずかしい。

 

一体、何から許されようとしているのだろう。
きっと自分の世界なんてものは、それ1つだと
とても狭くて楽な世界で、多すぎてダメになる。

 

そして私はその狭くて楽な世界に身を浸していたいのだ。
たちが悪いのは外に行こうとする意志があるように見せかけるところ。

 

そのときに自ら痛みを作り出し、その痛みを理由に
自分の世界へこもることを許し、正当化しているのだ。


”私は繊細です”
バカか、と言ってやりたい。
別に、繊細なんかじゃなかった。
ただ単に、逃げていただけだった。 


だけどそれでも息はする。
生きている意味がわからないなどという言葉を口にするために、
私はまた1つ酸素を使う。

 

こんなの嫌だと思う自分は居る。
痛みが全てゴミクズみたいなものだったこともわかった。
さて。私には、何ができるのだろう。

 

f:id:sayo_vb:20180612184101j:plain