打ち勝つってどういうことなんだろう

誰に発信するでもない、日記。
記録、整理。いつかのわたしが読む用です。

わたしは、アトピーがある。
大人にしてはひどい方で程度は中〜重度
電車に乗ったときにも見られたりしている(らしい)

今日もお風呂が一苦労だった。水がしみて痛い。
首から顔にかけての皮膚がたぶんほとんど全部落ちた。
お風呂上がりには真っ赤になった薄い皮膚が
乾き始めて動かせず、息ができないくらい痛い。

本格的に悩まされるようになってもう4年くらい経つ。
ここには書ききれないくらい、いろんなことがあった。
人に会えなくなって、引きこもりになって鬱になって
死んでしまいそうにもなった。

アトピーの8割は大人になれば治る。
治らなかったアトピーは、難治化アトピーと呼ばれる。

「わたしも子どもの頃そうだったからわかるよ」
「辛さわかるよ」という言葉が痛いのは、

わたしは今もずっと苦しみ続けているからだ。
今もまだ終わっていないんだ

大人になっても、そういう日常を生きている。
わたしはこれを乗り越えたいけれど・・
乗り越えた後でわたしもそう言いたい!!!

けれど事実、わたしは今まだ、その日常の中にいるんだ

辛い現実に合わせて、辛い思いをして生きていたくないよ。
苦しい現実に合わせて死んだように生きることは
生きているといえるのかな?

だけど、生き方がわからない
この終わりの見えない襲ってくる苦しい現実をどう生きればいいの?

わたしは今、どんな風に生きればいいのだろう?
この与えられた現実の中で生きるには。???

SNSを見る。
ポジティブでアクティブな子たちで溢れている。
かつて一緒に笑ったこともある友人たち。
刺激をもらう、わたしもそうなりたいと思う。

でも、そこに立つ前にわたしは
1つ大きな壁を乗り越えなきゃ
そこにも立てない。
病気という現実が挑戦する自由を持たせてくれない。

なんでわたしが?とはめっちゃ思う。
でも、悲観的になっていても終わらない。
抜けられない。でも見失ってしまうんだ。
でも、見失う!って言ってちゃ始まらない。
暗闇の中でも、何度も立って。原点に戻って。考えてみよう。

打ち勝つってどういうことなんだろう?
きっと、この苦しみの最中の「今」も
「生きる」ことなんだろうけど・・

生きるってどういうことだろう?
どういうことなんだろう・・


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わたしは今アクセサリーを作っている。
今の体で、今の自分に持っているものでできる唯一と言ってもいいものだ。
これを仕事にしたら自分の体に合わせた生き方ができるかもしれない。

最近は、SNSのフォロワーだとか、
戦略だとか、ビジネスモデルがどうだとか
そういう本を読んだり、話を聞いたり、考えたりしてきた。

それと並行して、新しい作品を作って
写真を撮り、加工してアップしている。
活動に必要な名刺や台紙をデータで作成したりもした。

忘れていた過換気症候群は、
日々に負荷がかかるとすぐに起こって
息を吸えなくなるのだけど、ここ数日はそれが続いていた。

アトピーも酷くなる一方で
鏡を見るのが精神的にキツイだけでなく
お風呂に入ることや服を着ることなど
日常生活の中でもかなり負担が大きくなってきた。

朝、起きた。今日も1日が始まる
皮膚の痛みに耐えて、お風呂に入った。
頑張らないと・・!
お風呂を出たら、すぐにまた、ショップを整えようか。
お風呂でも、心は安らぐことはなく、仕事を仕事にすることばかり考えている。

そう思って、お風呂を出て鏡を見たとき、
息が苦しくなって、倒れそうになった。
体のSOSが聞こえて、焦った。
焦りながら休憩しなくちゃって思って
変な気持ちになった。

頑張りが、空回りする。
無理を重ねて、首を締めている。
もがくほど、溺れていく感じがする・・

あの人ととも喧嘩した。
自分が何を求めているのかも
正直わからなかった。

とりあえず、一人で家を出て、コンビニでコーヒーを買った。
朝の公園のベンチへ。遊ぶ親子を見るともなく見ながら、
ベンチに座った。鳩が寄ってきた。

歩きながらなんとなく、
instagramを開いたとき、

ここ数日、自分が制作して、文を書いて、画像を加工しながら
必死に投稿してきた画像たちが画面に並んでた

なんだか
すごく、救われたような気がした。

「自分がしんどい時も、
 自分のしてきたことは消えないんだな。」

投稿という形に残してよかったと思った。

作品は自分。
作品は自分の生きた証。

毎日変わる、1日を左右される外見や、
現実で上手くいかないこと
フォロワーが減って自信をなくしそうになること

そんなところとは離れた世界があるような気がした。

自分がそのとき作ったものは
今の自分の外見がどうなろうと、変わらない。

わたしのつくるものは、
わたしの外見がどんなに病によって奪われても、
奪われないわたしの中にあるものだ。

苦しかった日々に、
わたしの外見が変わったことで
人々があんなに変わったこと

内面は何も変わっていない
わたしのままなのに
あんなに変わったこと

内面を見て欲しいと願ったこと

その内面を、ちゃんと外に出していたっけ?

何気なく開いた画面に広がった
画像たちは、わたしの内面にある世界を
形にして現実世界に表示してくれてた

作品を作ろう!
自分にしか作れないものをたくさん作ろう

外見ではなく、
内面を見てもらうために
いっぱい表現するんだ!

見かけは儚くてもろい。
中身がいっぱい詰まったものを作ろう!!!

そしてその作ったもので
この現実に打ち勝とう!!

外見を突き抜けるほど
内面を表現して生きる。
それが、きっと打ち勝つと言うこと!

って、今の私は思ったよ

画像1

インスタグラムの画面。